岩窟の聖母 / Virgin of the Rocks
受肉の神秘を讃えたマリアとキリスト像
作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ |
制作年 | 1483–1486年 |
サイズ | 199 cm × 122 cm |
メディウム | パネルに油彩 |
所蔵者 | ルーブル美術館 |
《岩窟の聖母》はレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された作品。同じタイトルの作品が2点存在しているが、一部の重要な点を除いて構図は同じである。
一般的に評価の高い最初のバージョンの方は、復元されないままパリのルーブル美術館が所蔵されている。もう1点は、2008年から2010年の間に復元され、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。
絵画は両方とも約2メートル(6フィート以上)の高さがあり、油彩で描かれている。両方とももともと木製パネルに描かれていたが、ルーブル美術館のバージョンはキャンバスに移された。
マリア、キリスト、聖ヨハネという人物像を通して受肉の神秘を讃えている。柔らかな光に満たされた聖なる人物たちは、張り出す岩によって生命力を象徴している。この革新的で大胆な図像表現は評価が高く、当時から多くの複製が制作されている。
どちらの絵画とも、岩場を背景に洗礼者ヨハネや天使とともにいるマリアやイエスを表しているため通常は《岩窟の聖母》と名付けられている。両者の構図上の大きな違いは、天使の視線と右手にある。また、色、光の配置、植物、スフマート技法の使用などいくつか小さな異なる点がある。
制作依頼と関わりのある日付の資料は残っているが、絵画の制作時期についての詳細はまったく不明であり、2点のうちどちらが先に作られたか今も議論されている。
さらに、作品のサイドパネルに飾る2点の絵画の依頼を受けていることがわかっている。天使が楽器を弾いているものでレオナルドによる作品だと完全に確認されている。これらの作品は両方ともロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵している。
ルーブル版「岩窟の聖母」の歴史・背景
ルーヴル版『岩窟の聖母』は、1483年から1486年ごろに描きあげられ、ロンドンバージョンよりも先に描かれたと多くの美術史家はみなしている。また、レオナルドが一人でかけて描き上げたといわれている。サイズはロンドン版よりも8cmほど縦に長い。
ルーヴルの作品は、当初1483年にミラノのサン・フランチェスコ・グランデ教会の礼拝堂の多翼祭壇画の中央部を飾るため、信心会によってレオナルドとプレーディス兄弟に注文された。しかし、何らかの理由でレオナルドがプライベートでこの絵を売却して、のちにロンドン版を描きなおして教会に納品したと考えられている。
かつてこの礼拝堂にあった、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されているロンドン版と異なり、納品予定だったこのルーヴル版は礼拝堂には一度も飾られなかった。ルーヴル版の所有に関する最初期の確実な記録は1625年で、フランスの王室コレクションとなっているが、それよりも以前にフランスで誰かが所有していたと思われている。
最も信憑性の高い解釈によると、作品は1483-1486年の間に制作されたが、ミラノの注文主の満足を得ることができず、その結果、フランスのルイ12世が1500-1503年頃に作品を取得したと考えられている。
主題
ルーヴル版における図像表現にいくつかの曖昧さがあり、専門家たちに議論されてきた。
聖母マリアと幼児キリストを礼拝する洗礼者ヨハネという主題は、ルネサンス期のフィレンツェ美術ではよく見られた構成だった。しかし、大天使ガブリエルが指を指し示し、イエスに祝福されている聖母マリアの傍らにる幼い聖ヨハネは、持物(じもつ)が描かれていない。にも関わらず強調されて描かれている。そのためヨハネどうか判然できない。
さらに、神聖なる受胎から生まれた二人の子どもの出会いは、本来伝統的な砂漠を背景とするはずだが、この絵では洞窟と岩、水や植物から成る超自然的な背景に変更されている。
また、リストの受難の予兆は、幼子がその端に座っている絶壁の描写、および彼を取り巻く象徴的植物(トリカブト、シュロの葉、アヤメ)にも含まれていると見てよいだろう。
構図・技法
また、このルーヴル版は、レオナルドのスフマート技法を使った作品のなかでも非常に完成度の高い作品として評価されている。
ピラミッド型の幾何学的な構図の中に凝縮されている配置は人物の動きを束縛することがないばかりか、彼らのしぐさに備わった綿密な組み立て(重なり合う手や、微妙に交差し合う視線)は、肌の起伏を弱めることなく輪郭を自然にぼかしている拡散した光によって、新たな力強さを得ている。
人物の自然なしぐさや、鉱物ばかりが際立つ風景の大きな存在感は、当時の祭壇画に見られる儀式ばった姿勢やだまし絵の建造物と比べると、実に革新的であることが分かる。