【作品解説】ダミアン・ハースト「生者の心における死の物理的な不可能さ」

生者の心における死の物理的な不可能さ / The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living

ハーストのYBA時代の代表作


概要


「生者の心における死の物理的な不可能さ」は、1991年にダミアン・ハーストによって制作されたコンセプチュアル・アート作品。ハーストのYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)時代の代表作である。1990年代のイギリス美術のイコン的作品であり、またYBAのシンボル的な作品とみなされている。

 

鉄とガラスで覆われた巨大な箱に、全長4.3メートルのイタチザメがホルマリン漬けにされている。もともとは1991年にイギリスのコレクターであるチャールズ・サーチの依頼によって制作された作品で、2004年にアメリカの投資家でコレクターのスティーブン・A・コーヘンに売却されている。詳細な売却値は分かっていないが、約800万ドルと見られている。

 

なお、オリジナルのイタチザメは劣化したため、2006年に新しい標本に入れ換えられている。

サメと美術


サメは美術史において多くはないが、それなりに見られるモチーフである。サメは狂気の発症の象徴とされている。

 

サメが現れる有名な絵画として、19世紀の画家ウィンスロー・ホーマーの「メキシコ湾流」がある。また、ジョン・シングルトン・コプリーの1778年の作品「ワトソンとサメ」という作品もある。「ワトソンとサメ」は、船乗りの少年ブルック・ワトソンが海に落ちて鮫に襲われた様子を描いたものであるが、なぜか全裸で服を着ていない。

 

ほかに有名なサメの絵画としてはフランシス・ベーコンが1947年から1948年にかけて制作した「頭部Ⅰ」がある。

ジョン・シングルトン・コプリー「ワトソンとサメ」
ジョン・シングルトン・コプリー「ワトソンとサメ」
フランシス・ベーコン「頭部Ⅰ」
フランシス・ベーコン「頭部Ⅰ」

作品経緯


1991年にチャールズ・サーチが融資する形でハーストに制作依頼が出された。イタチザメの捕獲費用に6000ポンド(約83万)、制作全体として5万ポンド(約700万)のコストが生じたという。

 

イタチザメはオーストラリアのクイーンズランドにあるハーベー湾で漁師に依頼して捕獲された。捕獲に際しハーストは、漁師に「あなたが食べられるのに十分な大きさのサメ」に望んだという。

 

作品が初めて展示されたのは1992年のサーチ・ギャラリーで開催された「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」の最初の展覧会である。その後、北ロンドンの聖ジョーンズ・ウッドの施設で展示されている。イギリスのタブロイド誌『The Sun』は「チップなしの5万ポンドの魚」とタイトルを打って報じている。また、この展示ではほかにハーストの作品「1000年」も展示された。

 

イタチザメは当初保存状態が不十分だったため、月日が経つにつれて劣化し、周囲の液体は濁った状態になっていった。サーチがコーエンに作品を売却するのを機に、コーエンが融資する形でサメを取り替えることになった。

 

オリジナルのサメが消失したことに対し、作品の価値が変化するのではないかと問われたが、ハースト自身はこの作品はコンセプチュアル・アート作品のため、作品の質は変わっても価値は変化しないと答えている。