【作品解説】ルネ・マグリット「共同発明」

共同発明 / The Collective Invention

人魚を幻想していたら魚顔の女性だった


ルネ・マグリット《共同発明》1934年
ルネ・マグリット《共同発明》1934年

概要


作者 ルネ・マグリット
制作年 1934年
メディウム 油彩、キャンバス
サイズ 73.5 x 97.5 cm
コレクション ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館

《共同発明》は、1934年にルネ・マグリットによって制作された油彩作品。73.5 x 97.5 cm。ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が所蔵している。一度見たら忘れられない強烈なインパクトの人魚、ならぬ魚人の絵。

 

マグリットは「人魚」という言葉に対して、世間一般が無意識におとぎ話のイメージを想像する、上半身が美女の肉体、下半身が魚という形態に対し、それとは反対に上半身が魚、下半身が女という形態の人魚を描いた。あまりに奇妙なイメージで、人魚は地上でエラ呼吸をしていて窒息死しそうになっている。

 

現実から浮遊した不思議な世界に誘い込むだけでなく、通常の思考回路や観念から想起させるイメージを裏切る。

美しい人魚は破滅に導く魔物である


人魚は一般的に船乗りたちをその美貌と美しい歌声で惹きつけて、難破させ、川底に沈めてしまうという海の魔物であり、良い印象に描かれることはない。漁師の間では人魚を見たら嵐や不漁の前兆とされる。

 

しかしマグリットの描く人魚には、一般的な人魚と異なり、見た目からして不気味で不穏なので、船乗りたちを誘惑する魅力はまったくない。つまり、漁師たちは見た目に誘われることないので、無事安全に航海を過ごすことができるのである。

共同幻想は存在しないが共同発明ならありえる


マグリットは「共同幻想」という言葉を嫌っていた。共同幻想などありえない。一人一人がでたらめ勝手なイメージを抱いていて一致することはないのだと。

 

その代わりにマグリットは「共同発明」という言葉を使った。共同で個人の幻想を超えた普遍的な新しいイメージをを作ることは可能だとマグリットは考えた。

 

マグリットは「共同幻想」をする空想家でも思想家でもなく、発明家、思索家、哲学者の画家と言われるゆえんはここにあった。

哲学者としてのルネ・マグリット


マグリットの《共同発明》は、1929年に制作した《イメージの裏切り》の延長にある作品である。絵にはパイプが描かれているが、パイプの下に「これはパイプではない」という文字が記載されている。

 

マグリットによれば、この絵は単にパイプのイメージを描いているだけで、絵自体はパイプではないということを言いたかった。だから「これはパイプではない」と記述しているという。

 

ほかに似た作品として《テーブル、海、果物》がある。ヨーロッパ人がこの絵を見ると、一般的には左から「テーブル=木の葉」「海=バターの塊」「果物=ミルク壺」と解釈してしまう。この作品は、マグリットにおける言葉とイメージの問題を典型的に示す一例である。

 

「海」ときけば普通は青い広大な塩水の空間をイメージする。だがマグリットは「海」の下にバターの塊を描いた。マグリットにとっては海といえばバターなのかもしれない。「人魚」という言葉からイメージするものも、マグリットにとっては頭が魚で下半身が人間だったのだろう。

 

マグリットは、「イメージ」と「言葉」を意図的に分離することによって、鑑賞者に文字や記号のでたらめさを突きつけた。。

ルネ・マグリット《テーブル、海、果物》1927年
ルネ・マグリット《テーブル、海、果物》1927年
ルネ・マグリット《イメージの裏切り》1929年
ルネ・マグリット《イメージの裏切り》1929年