荒野の聖ヒエロニムス / Saint Jerome in the Wilderness
未完成の聖ヒエロニムスの肖像
作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ |
制作年 | 1480年 |
サイズ | 103 cm × 75 cm |
メディウム | くるみパネルにテンペラと油彩 |
所蔵者 | ヴァチカン美術館 |
《荒野の聖ヒエロニムス》は1480年にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された未完成作品。現在、ヴァチカン美術館が所蔵している。木製パネルの上にモノクロームで下書きした状態になっている。レオナルドの死後、詳細な日付はわからないがパネルは5分割されていた。現在は元の形に復元されている。
シリア砂漠に隠遁して聖人としての生活を送っていた聖ヒエロニムスの壮年期の姿を描いたものである。
聖人は岩場にひざまずき、絵の右端にかすかに描かれている十字架を見つめている。右手は岩に置かれていて、伝統的な解釈では懺悔をするため胸に手を当てている。
足元にはライオンがいる。ヤコブス・デ・ウォラーギネの『黄金伝説』によると、ある日聖ヒエロニムスが彼の修道院の修道士に聖書を説いていると、傷ついたライオンが現れ、その傷ついた足を聖ヒエロニムスが治してやったという。
パネルの左側には、霧に包まれた断崖絶壁の山々に囲まれた湖の遠景が描かれている。右側には、かすかに教会が描かれており、岩場の開口部から見える。教会は、教会博士の1人だったヒエロニムスのローマ・カトリック教会における立場を暗示しているのかもしれない。
構図は、聖人像の斜め台形の形状が斬新である。ヒエロニムスの角張った形状と絵画底面を横切るライオンのしなやかなS字形状が対照的である。ライオンはラテン語に翻訳されたマルコ福音書に関連して力や強さの象徴でもある。
聖ヒエロニムスの形態は、《岩窟の聖母》の聖母マリアを模している。首と肩の筋肉の描写は、レオナルドの初期の解剖学的なドローイングでもある。レオナルドの作品であると裏付ける証拠はないもののレオナルドの作品であることに異論を挟むものがいないのは、解剖学的描写の正確さによるためである。
この絵はレオナルドが解剖学の研究を始める少し前の作品と見られるが、すでに顔や首、鎖骨の筋肉の動きが実に正確に表現されている。
解釈
「懺悔」は宗教的美術の中心的な主題の1つである。聖書をラテン語に翻訳したことで知られる聖ヒエロニムスは、老齢になって荒野に懺悔者として隠遁した。シリアでの修行中、性的な欲望を追い払うために身体を石で打ったという伝説を描写したのが本作である。
他の絵画と同様に、ヒエロニムスは十字架に貼り付けられたキリストについて考えている。十字架の向こうには、教会のかすかなイメージが見えるかもしれないが、これはおそらく、ヒエロニムスが目指していた天上の死後の世界、新エルサレムのビジョンを表現しているのだろう。
ジョージ・ベントは、レオナルドがこの主題を選んだことに対して、レオナルド自身の精神生活と直接関係しているのではないかと推測している。1476年に男娼のヤコポ・サルタレリとの同性愛行為の関与の疑いで告発されたことが最もな要因である。4人の青年男性を告発したのは匿名者だった。ソドミーと呼ばれる同性愛行為はフィレンツェでは違法だったが、彼らは有罪判決を受けなかった。
ベントによれば、レオナルドは自分の行為や罪で自責の念に駆られていると見ており、ヒエロニムスの油絵に自身を投影しているかもしれないという。
来歴
この絵は長い間行方不明だったが、19世紀になって、かのナポレオンの叔父だった人物が顔の部分がない状態で発見した。顔の部分は靴屋の椅子に貼り付けられた状態でのちに発見され、奇跡的な完成度で修復された。
■参考文献
・https://en.wikipedia.org/wiki/Saint_Jerome_in_the_Wilderness_(Leonardo)、2020年4月16日アクセス
・ペンブックス「ダ・ヴィンチ全作品・全解剖」CCCメディアハウス