アートワールド / Art World
世界標準の美術業界
「ある天才がアフリカのどまんなかに住んでいるとして、どんなに毎日、すごい絵を描いていようとも、誰もその絵を見ないとすれば、そんな天才はいないことになるでしょう。芸術は2つの極によって生み出されるのです。作品をつくる者という極があり、それを見るものという極があります。芸術家が重要と思われますが、実は作品を作る者と同じだけの重要性を作品を見るものにも与えるのです。(マルセル・デュシャン)」
概要
複数の職業の人達で構成される異業種間連携芸術
アートワールド(Art World)とは、美術の生産、批評、メディア、委員会、プレゼンテーション、保存、振興など芸術に関わるすべての人々で構成された世界観のこと。
特定の団体や組織のようなものとは異なり、なんとなく生成されている集団・空気・界隈。オタク系や原宿系といったマイノリティ文化集団・社会集団の1つ。アートワールドは、21世紀の超格差社会にともない、富裕層の間で拡大しつつあり、グローバル・エリート文化となりつつある。
アートワールドでは、美術家、画商、コレクター、批評家、ジャーナリスト、キュレーターなどさまざまな職業の人たちの緩やかなネットワークで動いており、独特な価値観を共有している。
アートワールドのネットワークが共有している価値観に沿った作品こそが「アート」と認識される。たとえば、マルセル・デュシャンの「泉」は一般の人々にとっては何の変哲もない便器であるが、アートワールドの人々には「芸術」と認識される。
アートワールドで、欧米、アジアまで含めて先頭に立って踊っているのは100人である。彼らは商業界、社交界、文化人、ジャーナリストからなるさまざまなネットワークに属している。いずれのネットワークも複雑で変わりやすく、さらにいうと不透明で、境界線もない。
この100人は互いに知り合いで、定期的に交流し、常に競争しあっているくせに、結託することもある。彼らは大コレクターであり、大画商であり、なかには美術館の学芸員やアートフェアのディレクターや展覧会のコミッショナーもいれば、アートアドバイザーや批評家もいる。職業がなんであれ、重要なのは、彼らが力を持っているということだ。
イギリスの「アート・レヴュー」誌は業界で最も力のある100人の名士録「パワー100」を、アメリカの「アート・ニューズ」誌は市場をつくりも壊しもする、200人のトップ・コレクターの人名目録を発表している。
まとめ
- 芸術家、ギャラリスト、批評家などさまざまなアートに携わる少数の人々で構成された文化コミュニティ
アートはほかの自称アートと何が違うのか
アート・ワールドで活躍するには、ネットワークをつくることは当然として受け止められており、要求さえされている。ネットワークを形成するのは芸術家だけでない。画商、コレクター、批評家にも要求されている。
ネットワークは絶大となる。将来性のあるアーティストを発掘し、貴重な作品を見い出すも、アーティスト売り出すにも、ネットワークがすべてかかっている。
たとえば、1990年代にアート界を革命を起こしたイギリス人コレクターのチャールズ・サーチとネットワーク形成を追ってみよう。サーチはまずアメリカ人美術評論家ドリス・ロックハートともにミニマル・アートを購入して美術に関心を持つようになる。
次に画商ガゴシアンの助言を受けポップ・アートやサイ・トゥオンブリー、アンゼルム・キーファーの作品を購入する。1985年にギャラリーを自らオープン。1990年代にダミアン・ハーストに賭け、金脈に変える。当時、先頭集団はアメリカ人だったが、サーチはハーストを中心にこの傾向をひっくり返そうと「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」をプロモートする。
さらに、その運動を世界中に知らしめようとベルリンとメルボルンとNYで展示を展開。そして世界中のメガ・コレクター、フランソワ・ピノー、米大手ヘッジファンド創業者のスティーヴン・A・コーエン、実業家のホセ・ムグラビ、ドイツ人投資家のアビー・ローゼン、韓国人でサムスン電子簡易長のイ・ゴンヒ、ロシアのアルミニウム王、カタールの王家などがハーストを購入した。
このようなネットワーク形成は特に今日のものではない。1950年代から80年代にかけての国際的な大画商、アメリカのレオ・カステリ(1907-99)や、フランスのダニエル・カーンワイラー(1884-1979)、スイスのエルンスト・バイエラー(1921-2010)らも重要な作品を見つけ、それをプロモートして売るために、強力なコネクションを作り上げていた。
なお、ネットワークで力を持つ職業は、時代や場所によって異なる。現在、アジアではギャラリストがネットワークに強い影響を持ち、アメリカではコレクターがネットワークに強い影響を持つ。
アートマーケットとは
文化的価値と不動産的価値のハイブリッド型市場
「我々には貨幣に代わるものがたくさんある。貨幣としての金、貨幣としてのプラチナ、そしていまや貨幣としてのアートだ」(マルセル・デュシャン)
アートマーケットは一般的にさまざまなアートと関連した芸術作品、サービス、商品において買い手と売り手の間で形成される市場のこと。
アートマーケットは経済で発生する多くのさまざまな市場の1つのタイプとして認識されはじめている。買い手と売り手が出会う他の市場と多くの共通点があるだけでなく、経済学においてほかのタイプの市場と異なる重要な区別要因があるためだ。
それは、作品の文化的価値に基づいて設定された価格だけでなく、過去の金銭的価値から予測される将来の付加価値の両方に基づいて価格ハイブリッド型市場である。つまり、金融資産や不動産と同じような資産的な価値を持っているのだ。
また、アートマーケットは、作者がプライマリー・マーケットの販売に直接関わる機会は少なく、また購入者側は自身が購入した作品の価値がよくわからず、ディーラーやギャラリーなどの仲人業者が購入者が見たこともない作品に対して独断的に価格を付ける市場となっている点も変わっている。
さらにアートマーケットは透明性がない。アートマーケットには作品情報や売り手や買い手の情報が広く公開されるセカンダリー・マーケットのオークションとは別に、取引情報を秘密厳守するプライマリー・マーケットにおけるプライベートセールがある。
ギャラリーは取り扱い作品を年間でどの程度販売したのか一般的に公表していないため、プライベートセールの販売データは体系的に算出されていないが、おそらくアートマーケットの約半分を占める。
アメリカは2001年までに47%の世界的シェアを有する世界最大のアート市場としてヨーロッパを追い抜いた。2018年においても以前として40%以上のシェアを有している。
2番目は2010年頃にイギリスを追い抜いて約20%のシェアを有する中国である。イギリスも約20%のシェアを有しており中国と肩を並べている。大陸ヨーロッパではフランスが市場のリーダーであり(約7%)、次いでドイツ(2%)、スイス(2%)、イタリア(1%)、スペイン(1%)である。
2004年ころの世界のアートマーケットの売上高はビリオン単位と規模と推定されている。ダミアン・ハースト、ジェフ・クーンズ、リチャード・プリンスなどのアーティスト作品の投機的入札で、2007年のアートオークションの売上は10億ドルに達した。Artsyの報告によれば2018年は約674億ドルであるという。
国内販売と国際規模の両方の観点から中国のアートマーケットの最近の上昇は、芸術と骨董品の豊かな文化遺産と相まって巨大な市場を生み出し、50年にわたるロンドンとニューヨークによるアートマーケット寡占は終了した。
プライマリーとセカンダリーの2つのマーケット
アートマーケットは、大きく「プライマリー・マーケット」と「セカンダリー・マーケット」の2つの部門で構成されている。
芸術家が制作した作品が最初に販売される場所をプライマリー・マーケットという。ギャラリーや美術館などで芸術家が個展を行う際に販売される作品はプライマリー・マーケットである。
対してセカンダリー・マーケットは少なくとも一度販売されたことのアートの二次的な販売市場である。簡単にいえば中古市場である。オークションで売買される作品が代表的なセカンダリー・マーケットである。
プライマリー・マーケットで作品が販売されると、セカンダリー・マーケットに流入し、プライマリー・マーケットで販売された価格が直接的にセカンダリー・マーケットで販売される価格に影響を与える。
ほかの商品市場とことなり現代美術の場合、一点ものエディション制が採用されるため希少性が高くセカンダリー・マーケットの価格はプライマー・マーケットで販売された価格よりも高くなる。セカンダリー・マーケットが上がると、それに応じてプライマリー・マーケットの価格(アーティストの個展時の販売作品の価格)も上昇するというサイクルになっている。
しかし、すべての作品が上昇するわけではない。作品の価格が上昇するには、上記で説明したように美術館、評論家、キュレーター、コレクターなどアート・ワールドのプレイヤーたちから美術史において価値のある作品である評価と存在感を高める必要がある。
アートマーケットの基本的な動き
アートマーケットは一般的に重要なオークションハウスが毎年定期的に開催する春と秋に最高潮に達し、継続的であるよりも季節的なサイクルで動く。
プライベート販売は一年を通じて行われているが、オークションのように広く一般的に公表されない事が多く、そのためプライベート販売がどの程度アートマーケット全体に影響を与えているかはよくわからない。
秋のオークションで売買された作品の価格や価値は、次の春のオークションにおいても継続的に価値があるとは限らない。なぜなら、ある季節の金融市場の動向が次の季節のアートマーケットに影響を与える可能性が高く、株式市場とアート市場は連動しているためである。
サザビーズ、クリスティーズ、フィリップスの売上が前年の半分未満だった2008年から2009年は、世界の株式市場においても景気後退期だったように、金融市場のボラティリティがアートマケットへもボラティリティを引き起こす原因となる。
一方、株式市場がボラティリティを引き起こしているにも関わらずアートマーケットは影響せずうまく動くこともある。1997年1月から2004年5月に発生した株式市場のボラティリティはアートマーケットに影響を与えなかった。
1990年から2000年にかけて、コレクターによるアート作品への投資額は120倍となり、「現代アートの100万ユーロ規模の競売は2005年から08年にかけて620%増加。2008年のリーマンショックでアート界に影響を及ぼしたが、巨匠の希少作品に関しては劇的に下がることはなかった。業界は何度か危機を経験している。
1980年、90年、2001年、そして08年である。つまるところ10年ごとである。しかし毎回、ふたたび活性化しては作品の値を上げてきた。
高い参入障壁と信用性
アートマーケットはほかの市場よりも参入障壁がかなり高い。株式市場の優良株と同様に優良作品もしくは著名アーティストの作品は、一般的に新人作家や無名の作家よりもかなり高値が付けられる。
また、アートマーケットは参入障壁が非常に高いため需要と供給において希少性が生じ、供給が不足して価格を押し上げる。参入障壁の高さは販売点数を少なくしてしまうが、アートマーケットにおいては、さらなる巨大な市場予測性と作品に対する信頼性を高めることになる。
その一方で参入障壁が高すぎると芸術的多様性が無くなるというデメリットも生じる。
そのため、ギャラリストやアートディーラーたち売り手は、新人作家を紹介する前に現在どのタイプの作品が市場で流行かを詳細に分析し、販売可能な品質レベルを維持するため芸術家を厳選している。
評価の確立した芸術家よりもかなり低いレベルで新人作家の値を設定して売り出してしまうと、作品に対する信頼性に対する懸念が生じる。
アートワールドと芸術運動
「芸術運動(art movement)」は、特定の共通した芸術哲学や目標を持った芸術の傾向・スタイルのこと。芸術運動は普通、設立者または批評家などによって定義された哲学や目標のもと、限定された期間(通常は数ヶ月、数年、数十年)内で、継続的な活動が行われる。
近代美術において「芸術運動」の存在はかなり重要な要素であり、連続的な動きを持った芸術活動は新しい前衛表現として見なされ、美術史に記録されることが多い。
特に視覚芸術の世界においては、現代の美術の時代になってさえも、芸術家、理論家、評論家、コレクター、画商たちはモダニズムの絶え間ない継続や近代美術の継続に注意を払っており、新しい芸術哲学の出現に対して歓迎の態度を示す。
芸術運動という言葉は、視覚芸術だけでなく、建築、文学、音楽などあらゆる芸術でも使われ、芸術運動名の大半は「イズム」が付く。
21世紀のおもな芸術運動
・アルゴリズム・アート
・オルタナ・モダニズム
・コンピューター・アート
・コンピューター・グラフィック
・デジタル・アート
・エレクトロニック・アート
・環境アート
・過剰主義
・インテンシズム
・インターネット・アート
・インターベンション・アート
・マキシマリズム
・メタモダニズム
・ネオミニマリズム
・ニューメディアアート
・ポスト・モダニズム
・リレーショナル・アート
・ルモダニズム
・ソーシャル・プラクティス
アートワールドは都市で評価されなければならない
アートワールドの中心的な活動場所で重要になるのは「都市」である。「国家」ではない。なぜなら近代美術そのものが最初から国際性を持って生まれたためである。
アートワールドの人々の多くは、国境を超えて活動するので、国家観念には希薄である。そのため彼らにとっては、「アメリカ」「日本」「中国」よりも、「ニューヨーク」「東京」「香港」といった都市観念が重要になる。
芸術活動が盛んな都市は 「art capitals(芸術首都)」と呼ぶ。 芸術都市で重要なのは、ニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルス、ベルリンの4都市。続いて北京、ブリュッセル、香港、マイアミ、パリ、ローマ、東京。
そして各都市で毎月のように開催されるアートフェアやビエンナーレが芸術関係者たちの試合会場となる。アートワールドを外観できるアートフェアやビエンナーレは以下のものになる。これらのフェアに参加しない芸術家や画廊は、アートワールド内で戦っていないことになる。
20世紀はヴェネツィア・ヴィエンナーレやドクメンタなどの国際展がアーティストの評価を高める力を持っていた。しかし、21世紀に入ってから力をもってきたのはアートフェアである。アートフェアは現在何百とあるが、特に重要なのはアート・バーゼルである。
アート・バーゼルはアートワールドのメッカ。毎年6月に世界中の画商やギャラリストやコレクターはもちろん、あらゆる分野のエキスパートやジャーナリストが参加する国際的な近現代美術のアートフェアである。アート関係者であれば絶対に見過すことのできない場所である。
"近現代美術"である理由は、ここは、持ち主が長年手放さなかった巨匠の作品に出会えるチャンスの場所であり、同時に現代の新しいアーティストたちにいち早く目を付けることができる場所だからである。
バーゼルは近代美術と現代美術を独自に融合させることに成功し、来場者が芸術運動の歴史と、その延長線上にある現代美術を理解できるよう心がけている。
1980年代後半はアートオークションハウスのブーム期だったが、1990年初頭に市場は崩壊した。しかし、2010年代からアートオークションが力を付けてきている。オークションハウスにおいて重要なのはクリスティーズとサザビーズである。
2002年に2社の独占を打ち破る目的で、LVMHがスイスのアートアドバイザリー会社のド・ピューリー&ルクセンブルクを買収し、フィリップスと合併してフィリップス・ド・ピューリー・アンド・カンパニーを設立しオークション市場に参入した。
国際展、アートフェア、アートオークションという3つの場所を押さえて置く必要がある。
世界の主要アートフェア
1月 | 台北當代(台湾) |
2月 | ARCO(スペイン、マドリッド) |
3月 |
アーモリー・ショー(ニューヨーク) アート・ドバイ(アラブ首長国連邦) アート・ケルン(ドイツ) アートフェア東京(日本) アート・バーゼル香港(香港) アール・パリ(フランス) |
5月 |
アート北京(中国) フリーズNY(アメリカ) |
6月 |
アート・ジャカルタ(インドネシア) アート・バーゼル(スイス) LISTE(スイス) |
9月 |
Shコンテンポラリー(上海) KIAF(ソウル) ABC(ドイツ) エクスポ・シカゴ(アメリカ) |
10月 |
フリーズ・ロンドン(イギリス) FIAC(パリ) アート台北(台湾) パリ・フォト(フランス) |
12月 |
アート・バーゼル・マイアミビーチ(アメリカ) |
世界の主要国際展
ヴェネチア・ビエンナーレ | イタリア | 隔年 |
サンパウロ・ビエンナーレ | ブラジル | 隔年 |
ドクメンタ | ドイツ・カッセル | 5年おき |
ミュンスター彫刻プロジェクト | ドイツ | 10年おき |
イスタンブール・ビエンナーレ | トルコ | 隔年 |
リヨン・ビエンナーレ | フランス | 隔年 |
シャルジャ・ビエンナーレ | UAE | 隔年 |
アジア・パシフィック・トリエンナーレ | オーストラリア・ブリスベン | 3年おき |
光州ビエンナーレ | 韓国 | 隔年 |
上海ビエンナーレ | 中国 | 隔年 |
台北ビエンナーレ | 台湾 | 隔年 |
釜山ビエンナーレ | 韓国 | 隔年 |
横浜トリエンナーレ | 日本 | 3年おき |
シンガポール・ビエンナーレ | シンガポール | 隔年 |