受胎告知 / Annunciation
遠近法を用いたレオナルドのデビュー作品
概要
作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ |
制作年 | 1472-1475年頃 |
メディア | 油彩とテンペラ、木製パネル |
サイズ | 98 cm × 217 cm |
ムーブメント | 盛期ルネサンス |
所蔵者 | ウフィツィ美術館 |
《受胎告知》は1472年から1475年ころにレオナルド・ダ・ヴィンチが制作した油彩作品。98 cm × 217 cm。イタリア、フィレンツェにあるウフィツィ美術館が所蔵している。
レオナルドの実質的なデビュー作品として知られている。また、彼の油彩作品の中では最大のサイズのひとつである。
主題は『ルカによる福音書』1章26~38節の部分で、神から遣わされた大天使ガブリエルが処女マリアのもとを訪れ、果てしない統治を行い「神の子」と呼ばれ「イエス」と名付けられた子どもを授かった「受胎告知」の場面を描いたものである。
この主題は西洋芸術史において非常に人気があり、初期ルネサンスの画家フラ・アンジェリコよる作品をはじめ、フィレンツェの芸術世界で何度も描かれてきた。
その後、美術史における確立されていく写実絵画に比べると稚拙はあるもののレオナルドの絵画の特徴や指向性、特に遠近法を用いて写実的な正確さを追求したレオナルドの制作姿勢がよくあらわれた作品である。
たとえば、大天使ガブリエルの背中に生えている翼は現実的な鳥の翼を描いている点が珍しい。当時、天使の翼は非現実的な金色で描かれるのが一般的だったが、レオナルドは現実の鳥の翼を描いた。
重要ポイント
- レオナルドのデビュー作
- 「受胎告知」を描いている
- 遠近法を用いて正確さを追求している
解釈
大天使ガブリエルが手に持っているのはニワシロユリで、処女マリアやフィレンツェの街のシンボルとして知られている。閉じた庭園も処女の象徴である。
レオナルドはもともと空を飛んでいる現実的な鳥の翼を模写しているが、のちに別の芸術家によって翼が引き伸ばされた状態で描きなおされている。
聖母も前に設置された大理石のテーブルは、おそらくヴェロッキオが同時期に制作していたフィレンツェのサン・ロレンツォ大聖堂にあるピエロ及びジョヴァンニ・デ・メディチの墓碑の石棺から引用している。脚の部分がアレンジされている。
遠近法の発展
建物やマリアの前にあるテーブルなどの直線をたどると、すべての線が中央のやや上よりにある一点に収束する。これがルネサンス期に発明された遠近法である。画面に広がりと奥行きをもたらす。
また、レオナルドは「遠くのものは色が変化し、境界がぼやける」という空気遠近法の概念を生み出した。彼は遠近法の理解が芸術にとって非常に重要であることを悟り、「実践は強固な理論のもとでのみ構築される。遠近法こそその道標であり、入り口でもある。遠近法無しではこと絵画に関して期待できるものは何もない」と述べている。
しかし、レオナルドは当時20歳で技術的にはまだ未熟な部分もいくつか見られる。画面中央左の背景に立つ3本のイトスギは、左にいくほど小さくならなければならない。また卓上の聖書台もマリアより手前にあるように見える。そのため、マリアが聖書に手を触れているようにするには、腕を長く描かなければならない。背後の石組みの組み方も正しくない。
来歴
本作品はオランダで発明され、イタリアで師ヴェロッキオの工房で導入されたばかりの油絵具を用いている。制作動機や初期の作品所有者の歴史の詳細は不明のままである。
1867年、ウフィツィ美術館がフィレンツェ近郊の聖バルトロメオリーヴ山修道院から作品を引き取る。引き渡された際に修道院側はドメニコ・ギルランダイオの作品と認識していたという。
その後、ドイツ人美術史家のグスタフ・ワーゲンがヴェロッキオの工房にいたころの初期レオナルドの作品の可能性を指摘し鑑定がはじまりる。彼の研究を引き継いだリップハルト男爵が、正式にレオナルドの作品であると鑑定結果を出した。
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■参考文献
・https://en.wikipedia.org/wiki/Annunciation_(Leonardo)、2019年9月3日アクセス