2040年:美術の教科書の改定が行われる
美術館やオークション市場では、多様性を追求する動きが顕著になっています。コレクションの見直しが行われ、教科書も書き換えが行われています。オークション市場では、女性アーティストやアフリカ系アメリカ人アーティストの作品が増え、世界の富裕層や超富裕層の構成も変化し、女性の役割がさらに重要になりつつあります。これらの変化は、アート市場のトレンドにどのような影響を与えるでしょうか?
美術館におけるコレクションの見直し
近年、ロンドンのテート・モダンやニューヨーク近代美術館をはじめとする世界的な美術館では、近代および現代のコレクションに対する大幅な見直しが行われています。
これは、過去のアート史の認識を変え、多様性に富んだアーティストたちの声を取り入れる試みであり、その影響は国際的なアート・シーン全体に広がりを見せています。
具体的には、従来の教科書では欧米中心的な視点が主流であり、特定のジャンルやアーティストの偉業が強調されていましたが、今後の教科書の書き換えでは、さまざまなバックグラウンドや視点を持つアーティストたちが紹介されるようになっています。具体的には、以下のような変更がなされています。
1.女性アーティストの紹介:従来、男性アーティストが主役を務めていたアート史において、女性アーティストの業績が軽視されることが多かったですが、新たな教科書では女性アーティストの作品がより多く紹介され、その重要性が強調されています。
2.有色人種のアーティストの紹介:これまで欧米の白人アーティストが中心となっていたアート史において、有色人種のアーティストたちの業績が見過ごされることが多かったですが、新しい教科書では彼らの作品が積極的に取り上げられ、その貢献が評価されています。
3.欧米以外の地域のアーティストの紹介:アフリカ、アジア、中南米など、欧米以外の地域のアーティストたちが、今までのアート史ではほとんど扱われてこなかったのに対し、新たな教科書ではこれらの地域のアーティストたちの作品が紹介され、その多様性が評価されています。
4.LGBTQ+の視点を持つアーティストの紹介
LGBTQ+の視点を持つアーティストたちの作品は、従来の教科書ではほとんど取り上げられていませんでしたが、新たな教科書では彼らの作品が積極的に紹介され、その独自の表現や視点が評価されています。
これらの変更により、美術館や教科書では、これまで無視されていたアーティストたちの作品が多く展示される機会が増え、アート史の理解がより幅広く、多様性に富んだものになっています。これにより、アート愛好家や学生たちが、多様なバックグラウンドや視点を持つアーティストたちの作品を通じて、新たなインスピレーションや考え方を得ることができるようになっています。
オークション市場での変化
オークション市場でも、アートの多様性への関心が高まっており、その変化が明確に現れています。例えば、2022年に落札された現代美術作品の中で、女性アーティストの作品の割合が2018年の2倍に増え、全体の4分の1を占めるようになりました。
これは、アート市場がこれまでの男性アーティスト中心の構図から変わりつつあることを示しています。また、アフリカ系アメリカ人アーティストのスタンリー・ホイットニー、ラシッド・ジョンソン、シモーヌ・リーなどの作品に対する人気や評価も高まっています。
オークションに参加する人々の構成も変化が見られており、地域や年齢層の多様化が進んでいます。
北米人が最大のグループ(45%)を占め、ヨーロッパ人(32%)が続いていることに変わりはありませんが、アジア人の入札者数は2018年から2022年の間に40%増加しました。昨年は、100万ドル以上の現代美術の入札の18%がアジア人によって行われました。
さらに、オークションに参加する人々の年齢層も若くなっており、ミレニアル世代が100万ドル以上のコンテンポラリーアートの落札額の約5分の1(17%)を占めるようになりました。
2030年には、超富裕層(5,000万米ドル以上の資産を持つ人々)の上位5か国は、アメリカ、中国、ドイツ、イギリス、カナダになると予想されています。富裕層(100万ドル以上の資産を持つ人々)の上位国は、アメリカ、中国、ドイツ、イギリス、フランスがトップになるでしょう。
これらの国々では、今後10年間で超富裕層と富裕層の数が2倍になることが予想されており、それぞれの国がすでに美術市場を確立していることから、今後もアート市場の活性化が続くと考えられます。
これらの変化から、アート市場が多様性を求める声に応え、参加者の地域や年齢層が広がることで、より多様なアーティストや作品が評価されるようになっていることがわかります。また、これらの変化はアート業界全体にポジティブな影響を与え、アート愛好家やコレクターたちが新たな視点や文化に触れる機会が増えることで、市場がさらに活性化していくことが期待されます。
2040年までに台頭する女性アートシーン
今後、男女の賃金格差が縮小することで、女性の賃金が上昇し、高級品や高額商品市場において女性の役割が一層重要になることが予想されます。
特に、2040年までに、女性の可処分所得が最も高い国として、アメリカ、中国、スイス、ノルウェー、オーストラリアが上位5カ国に入ると予測されています。
この経済的な変化は、アート市場や女性アーティストの文化的および経済的ランキングにおいて、女性コレクターからの支持が増えるという意味で、良い兆候となります。女性コレクターが増加することで、女性アーティストの作品への需要が高まり、アート市場における女性アーティストの地位が向上することが期待されます。
アート市場が従来の男性中心の構図から変わり、より多様なアーティストや作品が評価される機会が増えるでしょう。
また、賃金格差の縮小に伴って、女性がアート市場においてより積極的な役割を担うことができるようになります。例えば、女性ギャラリーオーナーやキュレーター、評論家などが増えることで、アート業界がより多様な視点を持ち、新たな価値観が生まれる可能性があります。
総じて、賃金格差の縮小と女性の経済力の向上は、アート市場における女性アーティストの地位向上や業界全体の多様性の推進に繋がることが期待されます。このような変化が進むことで、アートの世界はさらに魅力的で包括的なものになるでしょう。
アジア・太平洋地域がアートの中心に
地理的に見て、アジア太平洋地域は今後「世界最大の消費者市場」に発展し、アジアの消費者は「消費財やサービスに対する世界的な需要を形成する主要なトレンドセッター」としての役割が増していくでしょう。
アジアの経済発展が進むことで、アート市場においてもその影響が顕著になると予想されます。現在のデータに基づくと、少なくとも近い将来において、アジアの入札者が西洋のアート市場のトレンドに従う可能性が最も高いとされています。
しかし、日本は女性の社会進出に遅れをとっており、賃金格差が依然として大きな問題となっています。世界経済フォーラムが2022年7月に公表した男女格差を測るジェンダー・ギャップでは、順位は146か国中116位(前回は156か国中120位)でした。先進国の中で最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となりました。
このような状況が影響し、さらに人口減少と経済の縮小が続く中で、日本の美術が世界の美術から取り残され、転落の危機に直面していると言わざるを得ません。今後もこの状況が続くと、日本の美術は世界の舞台での存在感を失い、取り残されていくでしょう。
日本の美術界は、国内外の美術市場の変化に対応し、女性アーティストや多様性を重視したプログラムを積極的に展開することで、世界の美術市場との連携を強化すべきです。また、日本政府も、ジェンダー格差の改善や女性の社会進出を促進する政策を推進することが求められます。
具体的な取り組みとしては、アートの教育や支援プログラムを充実させ、若い世代のアーティストを育成することが重要です。さらに、国際的なアートイベントや展覧会に積極的に参加し、日本の美術が世界に広がる機会を増やすことも大切です。
最後に、日本の美術界は、国内外のアート市場における多様性や包括性の価値を受け入れ、自国の文化や伝統を継承しながらも、新たな価値観やアイデアを取り入れることで、世界の美術市場での競争力を向上させることができるでしょう。
■参考文献
・https://www.sothebys.com/en/articles/the-changing-nature-of-the-1m-art-market?locale=en、2023年3月18日アクセス